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2010-06-26

m(__)m

発表会にお越しいただいた皆様、遠路遥々ありがとうございました。
すごくすごく楽しみにしていて下さったみたいで嬉しいです。

しかし、その期待に応えられない演奏をしていました。

自分では点数がつけられないくらいのミスを連発してしまいました。
自分の好きな曲の良さが表現できていない歯痒さ。
こんな演奏しかできない自分が許せないです。
もっとがんばります。
今日はありがとうございました。
そして、ごめんなさい。

先生は良かったところもちゃんと言ってくださいました。
すべてが悪いような演奏はしていません。
でも、これは誰が許しても自分は許せません。

すみませんが、これで失礼します。

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2010-06-26

答え

私が背負っているものを見せたいがために私はギターを弾くのだろうか?
私がギターを始めたのは私を知ってもらうためだろうか。

断じて違う。

私がギターを始めたのは「かっこよくなりたい」という想いだ。
悪く言えば自分のためである。

私がギターを弾くのは、私が弾く曲を好きになって欲しいからだ。
「この曲、素敵でしょう?」と、そういう想いがあるからだ。

ステージに立つのは私一人。
だから、私が背負っているものが見えてしまうと、観客にはその重さしか伝わらないだろう。
私が伝えたいものはそんなものではない。

ただ、素敵な曲を聴いて、楽しんでいって欲しい。
それだけなのだ。

「聴かせたいと思ったところしか伝わらない」
先生の言葉です。

「私」の背景を見せるのではなく、そこに立つ「私」を見せたい。
そしてその「私」が弾く曲を聴かせたい。

私がプロになりたいと言った初動因は、

「私は音楽を知らない人のところで活動したい」

です。
だけど、私は押し付けることはしたくない。
私はただ音の広がりを見せるだけ。
そこから何かを掴み取るのは観客の心。

そんなところでしょうか。

すごーくすごーく簡潔にいえば、楽しく弾くってこと。
私が楽しみ、観客も楽しい。
それができれば最高だと思う。
一月前に恋人と別れただの、今は契約社員で忙しいだの、そんなんどうでもいいことだ。
ただ、その日に訪れた人に、

「今日は楽しんでいってね」

っていう感謝…かな?
弾いた後の日記はまた別に書きます~。

2010-06-25

問い

「発表会で会場にいるお客さん一人一人の心に響く演奏をするよ」
後輩に言った言葉。
必ず実現しなくては。

私はプロのギタリストを目指してギターの勉強を本格的に始めた。
それを認め、私を応援してくれる先生。
その人たちの指導の成果を見せるためにも、ちゃんとした演奏をしなければならない。

後輩たちが来る。
先輩として恥じぬ姿を見せなければならない。



でも、私がギターを持つ理由はそんなことなのだろうか。



答えは明日の日記で。
すでに書いてありますが、更新は私が弾く時間帯です。
弾いた後の日記はまた別に書きます。

2010-06-24

(^O^)/

明後日ですね。
いま思い描いているもの、感じているものをあえて言葉にはしません。
言葉で世界を埋めつくし、枠組みに嵌めたくないから。

今は広がりを楽しんでいます。
どこからどこまでとか関係ない、曖昧さで。

こんなわけわからん日記があってもいいでしょう。

2010-06-23

バトンタッチ

大学ではいま、ソロコンサートなるものをやっているはずです。
それにまつわる思い出でも語ってみようかと思います。

私が一年生のとき、ギターパートには先輩がいませんでした。
ちょくちょく見に来てくれる先輩はいましたけど、私が入る前に退部をしていました。
私が入部をしたときにいたのは、遊びに来ていたからです。
それが運命の出会いでした。

その先輩は私が入るなら練習を見てあげてもいいという条件を出し、私はそれに乗りました。
しかし、その先輩もすでに退部した身なので、そこまで私に構ってくれることはなかったです。
サークルは週三日ありますが、一週間に一度しか来ないときもありました。
夏を過ぎてからはまったく来てくれなくなりました。
当時から私は一人で練習をするしかなかったのです。

そんな状態でソロコンサートに出ることになったのです。
ソロコンサートとは「新入生が入部してからどれだけ弾けるようになったのかを部員全員に見せる小さな発表会」です。
昔は「デビューコンサート」と呼ばれていました。

ソロコンサートは録音されます。
実はまだ録音したCDが部室にあるのですが、おそらく今サークルにいる子たちはその存在を知らないはずです。
一度も「聴きました」という言葉を聴いたことがないから。
きっとRも知らないんじゃないでしょうか。
まぁ恥ずかしいから聴かれたくないですけどね。

その時に弾いたのはフェルナンド・ソルのエチュードでした。
先輩の彼女さんがその曲が好きで、先輩もそれをオススメだとして私に教えてくれました。
今のソロコンサートではスタジオジブリの編曲を弾いていますから、時代が違いますね。
おそらくソロコンサートで何を弾くかでその子のサークルの人生が決まるでしょう。

で弾きました。
ボロボロです。
終わりかと思いきや、

先輩「ともき!」

弾き終わり立った状態の私に先輩が声をかけました。

私「ゆうきですよ」

先輩「あー、うちのともともが夏合宿にてリベンジします」

他の部員「おー」

パチパチパチと拍手が起きました。

はい? って感じですよ。
やっと終わった、もう弾きたくないと思っていたら課題を出されたのだから。
実はこの時レコーダーはまだ動いていて、このときの会話もすべて録音されていました。
だからCDを再生すると私の番が一番長いのです。
リアルドラマCDの誕生でした。

そして夏にリベンジをしました。
このときは同じ曲ではなく、『天空の城ラピュタ』より「君をのせて」を弾きました。
途中までですけどね。
しかし、それ以来、ギターパートではソロコンサートの他に夏合宿でも独奏をする風習ができたのです。
それ以前はなかったことなのです。
だから私が夏合宿にみんなの前で演奏する場を作った最初の人なのです。
私が卒業した去年の冬合宿も、後輩たちが弾いていました。
私も『サンバースト』を途中まで。

今年は夏に弾くんでしょうか。
もう卒業した身ですからどうするのかは後輩にゆだねます。



私が一年生のときはギターパートはもちろん私一人ですから、一年生にしてトップです。
他のパートは先輩がいつもいらっしゃるので、

私「すぐに先輩を頼るなよ」

と他の部員に言っていました。
ところが、

みんな「ともさんとは違うんです」

みんな「ともさんみたいにはなれません」

と、あなたとは違うんだって言われます。

サークルのためにやってきていたのに、いつのまにか孤立していました。
私の理解者はサークルにはいなかった。
誰も。

それは置いておいて、ギターを楽器店で買ったとき、

店長「買ってくれたら練習見てあげるよ」

私「ほんとですか!?」

そのやり取りから私は週に一度お店に通って練習を見ていただきました。
約2ヶ月ほどでしょうか。
金曜日にサークルの前に行きました。
これは二年生になってから。

二年生になって初めて「プレクトラムソサエティ」の演奏会に行きました。
なぜ行ったのかというと、私が二年生のときの定期演奏会で同じ曲を弾くことが決まっていたからです。
二年生になって、時々しか来なかった先輩が来なくなりました。
卒業してしまいましたから。
だから何も頼るものがない私は、自分で技術を習得するしかなかったのです。
たくさんの教本を自費で揃え、CDも買いました。
今部室に置いてある教本はすべて私が購入したものです。
中には使えないものもありますが、それでも一冊もなかった教本が4~5冊に増えたのです。
そんな私に、演奏会はとてもありがたかった。
私はその日、演奏される同じ曲の譜面を持っていきました。

私「いや、どんな運指なのか自分で書いてから人のを見ようと思ったんです」

Aさん「ともともすごいね!」

5年生になってしまったAさんは私のがんばりを高く評価してくださいました。

こういったことは一年生のときにもやっていました。
演奏会に足を運んで、決まって席は最前列。
ギターの手元が見たいから。
一緒にきたみんなは好きな場所に散ります。
だから最前列で聴いているのは私だけでした。
それで疑問に思ったことは翌日先輩に質問です。

私「右手ってサウンドホールのした辺りですよね? 昨日聴きに行ったところはすごくブリッジに近かったんですけどなんでですか?」

先輩「ハッキリした音が欲しかったんじゃないの?」

一年生のときに、音色に幅があるんだって知りました。
それ以来、私は後輩に右手の位置を教えるようになりました。

だけど、そういったことは自分で気付かせたほうがよかったかもしれなかった。
私が得た技術をすべて後輩に伝えよう、部のために残そうと思っていました。
だって消えそうになっていたギターパートの灯を消したくないですから。
私がいなくなったあとも続いていって欲しいから。
しかし、そうなると自分で考えて弾くといった発見がなくなっていくんですよね。
先輩とのコミュニケーションが少なかった私は、どういったタイミングで後輩に物を教えればいいのかがわからなかった。
4年生の終わりごろ、それがようやくわかってきたところで私は卒業しました。
先輩として過ごしたのはすごく短かったです。
私はずっと自分の勉強をしていたから。
そのおかげで後輩に間違えを教えることも少なくなかった。

今、ギターパートは5人います。
4年生2人。
3年生1人。
1年生2人。
私の頃には考えられなかった豪華さです。

私がいなくなっても、ギターパートがなくなっていないことに、喜びを感じました。
ああ、私のやってきたことに間違いはなかったのだと、そう感じました。

しかし、またいずれ私の時のような時代が来るかもしれません。

「どうあがいても 結果は同じでしょう?」

「何…?」

「彼女を倒して仙道のいない人間界を作っても 人々が幸せになるとは限らない。
必ず王なり皇帝なり……又は強大な軍事力を持つ大国が現れて支配し殺し合う」

「それはやってみなければわからぬよ!」

「わかっているんだよ私には」



「祭りの騒乱の中 最後にはこうして何も無くなるんだ。
それでもあなたはあがくの?」

「けけけ…」

「何を笑う?」

「わしは遠い未来の事にまで責任は持てぬし 未来を救えると思えるほど傲慢にはなれぬよ。

わしらに出来るのはわしらが正しく使った世界を後の人々へバトンタッチする事であろう?
人類の歴史がどこへ行きつくか…その結果はわしではない誰かが見ればよい」

『封神演義』(藤崎 竜、集英社)第18部 太上老君をめぐる冒険より 第154回 太上老君をめぐる冒険6―睡眠― 夢の中の老子と太公望の会話参照

OBとなった今もサークルに行きたくなるけれど、私はもう卒業した身です。
後輩たちに会えるのは嬉しいが、今のサークルを回しているのは彼らなのだ。
老いた風は退くべき。
彼らが元気でサークルに参加している。
その事実があればよい。
私はバトンタッチをすることができたようだ。

ああ。
私のしてきたことは無駄ではなかったのだ。

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