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2010-04-19

初出勤

契約社員で初出勤です。
仕事は私にとっては天国のような環境。
一人で黙々と携帯電話の修理です。
最高です。
残業時間が長いのが残念ですが、前職のように朝が早くないので嬉しいです。
早出・残業は厳しいです。
休むときはしっかり休むという従業員のことも考えてくれているようで安心しました。
とりあえず一日目の感想としてはやっていけそうです。



☆18日☆



昨日はプレクトラム・ソサエティというマンドリン・オーケストラの第五回の演奏会がありました。
この演奏会ではマリオ・カステルヌオーヴォ=テデスコ作曲のギター協奏曲第2番 ハ長調 Op160が弾かれました。
ギター独奏は尾尻さんです。
尾尻さんはポケットビスケッツのキャイーン ウド鈴木さんにギターを教えた人です。

テデスコさんの書いたギター協奏曲はギターの神様と呼ばれているアンドレアス・セゴビアからの依頼です。
依頼でしたけどテデスコは「協奏曲になるとパートごとの音量がわからないから書けない」とおっしゃっていたのですが、セゴビアは「大丈夫だから」と言って書かせたそうです。
このセゴビアは、彼に弾けないものはないというくらい技術力があり、また表現力があります。
なので彼に贈られる曲があとをたたなかったとか。

とは言ってもテデスコがギター協奏曲第一番を書いたのは第二次世界大戦中です。
テデスコはイタリアの生まれですがスペイン系ユダヤ人の血を引いていたため、当時ファシズム体制であったのでアメリカへ渡ります。
ギター協奏曲第一番第一楽章はアメリカへ渡る前に書かれ、第二楽章・第三楽章はアメリカで書かれています。
彼はアメリカへ渡ったあとはニューヨークからロサンゼルスに移り、そこで生涯を終えたとあります。
アメリカに渡った彼は映画ファンなら誰でも知っているであろう「名犬ラッシー」の音楽を作曲していたらしいです。
そのような映画音楽作成に携わって生計を立てていたらしいです。
ギター協奏曲第一番は依頼されたとおりセゴビアに渡し、彼に弾かれました。
しかし、第二番はセゴビアが弾いたという記録はありません。
テデスコが亡くなってから初版がされたとか。
また、テデスコがギター協奏曲第二番を作るにあたって、セゴビアに謝辞を送らなかったとか。
なので第二番に関しては初演はセゴビアでない方が演奏されていらっしゃいます。

東京文化会館にあるのはミラン・ゼレンカという方です。
ウィーン国際ギターコンクールで一位を取った実力者です。

ちなみに、バックのオーケストラは管弦楽、プレソはマンドリンですので若干の違いはあるでしょう。



以上でした。
テデスコに関する記述がありましたらどうぞ遠慮なくコメントをお願いいたします。
私も勉強中ですので、間違った情報を読者に与えてくありません。

わけがありません。
楽しみにしている方には申し訳ないですがご了承ください。
それではおやすみなさい。

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2010-04-16

内定もらえました

☆YATTA!☆



契約社員で内定がもらえました。
やった!



☆ギター☆



昨日、ギター教室の先生からメールがありました。
実は数日前に「プロとしてやっていきたいんです」とメールをしたんです。
すると「考えが甘すぎる」と一蹴されました。

でも「覚悟はありますか?」と書いてあったので「覚悟はあります」と返信しました。

私の人生設計は以下の通りです。
まず、大学に通うにあたって奨学金を借りたので、そのお金を返さなければなりません。
ですので、働かないという選択肢はない。
今の私にはギターが一番やりたいことであるのには間違いがない。
そのギターですぐにプロとしてやっていくことはできない。
技術もないし知識もない。
ましてや、それがある人でも黒田さんのように成功する人は少ない。
となれば、ギターは副業のような形にするしかない。
そのためには返さなければいけないお金をまず返す。
そこから自分のやりたいことをやるべきだと、こういう考えに至りました。

社会のために生きるなんてことは私にはできませんでした。
営業職をずっと避けていたのもその理由からです。
社会や会社のために生きようなんて考えは端からなかった。
私はたくさんの人に支えられて生きてきたのだから、その「人」に恩を返していきたい。
その「人」は、お世話になった人だけでなく、人すべてを指します。
誰か、人に親切でありたいと考えます。
それが私の生き方だと、人生設計をしました。
そしてお金を返し終わったとき、おそらく私の頭にはギターのことしかないはずです。
もっと多くの人に音楽に触れて欲しいと思ったのです。
その時のために、プロでやっていけるような技術を身につけるために、本気でやろうと思ったのです。

そして今日、レッスンをしてきました。
今日はダイヤが乱れて遅れそうになりました。

「今年はレッスンに遅刻しないようにしよう!
遅刻して数が多かった方はご飯おごりね」

という初回のレッスンでの抱負を思い出し、念のためメールを、そして駅に着くなりダッシュしました。
セーフ。
息はゼーゼー。
雨降ってたんでまぁ良かった。

「覚悟はありますか?」

そのメールにあったフレーズを思い出し、恐る恐る入りました。
普段ならある絵文字のメールからそれが消えたとならば、ビクビクします。
そして先生の第一声――

「いやー見学者多くて参っちゃうよ」

普通な感じでした。
ってっきり怒られると思っていたのですが普通に世間話です。
今日一日だけで見学者が5人。
春だからです。
外国人の方も見えました。
現在80名の生徒さんがいます。
結構知名度が上がったようで、テレビから出演依頼が来るようです。
でも、先生は土日は忙しいって出演を拒否しているとか……。
先生はいま大学院に通っていて、週五日間学校で授業を受け、80人のレッスンをこなしているのです。
やはりこの人はすごいんです。

と普通なレッスンかと思いきや、

「今日はテストをします」

「…はい」

「これを弾いてください」

出されたのはフェルナンド・ソルの練習曲です。

「これをノーミスで弾いて」

もちろん初見です。
言われるがまま弾きます。
無我夢中だったので作品番号は覚えていません。
なんとか弾き通せました。

「間違ったところあるよね? そこはどこ?」

間違えたところはありましたけど、どこを間違えたのか覚えていなかったです。
示された場所は転調した箇所です。
譜面を初めて見たとき、弾いたとき、気付きませんでした。
私が弾いたところは転調したところだったのです。

「この曲は何調ですか? それで転調した時は何調に変わった?」

「わかりません」

「最初はハ長調、そこからト長調に変わってハ長調に変わりました。
ではその変わり目はどこ?」

など、理論を説明されます。
このレッスンでは私の技術はもちろんですが、それらの情報をちゃんとらえられているかを見るためのものだったようです。
曲は練習曲であっても、何かしらのイメージを持って弾かなければなりません。
私の演奏にはパッションがないと言われます。
弾かされているだけだと。

「練習曲は練習曲だけど、じゃあこのソルはどこの生まれの人?」

「…わかりません」

私は曲について、その背景や人についてまったくと言っていいほど無知でした。
そういったことを知り曲を弾くのと知らずに弾くのとでは大きな差があるのです。
転調した、ならばここは変化を聴衆に伝えなければならない。
自分の中でイメージを作る。
また、それを音楽でなくても、演奏会で司会をやるときに時代背景などを話したらお客さんとコミュニケーションを取ることができる。
私には技術以上に知識、いえ、知的好奇心が欠けていました。

なので、練習は終わりになり、勉強をすることになりました。
今弾いているのはマウロ・ジュリアーニの「三つのソナチネⅠ」です。

「ではこのジュリアーニを知らない人に説明するようにメモを取って。あと代表曲を5曲」

こんな課題が出されました。
このあと私は予定が空いていたので、他の人の練習の隅で勉強をすることになりました。

彼の代表曲の中に作品番号119~124に「幻想曲ロッシニアーナ1~6」があります。
このロッシニアーナはオペラで活躍したロッシーニのアリアを原曲に書いた作品です。
ジュリアーニ独特の練習曲に重きを置いた作品群とは違って、自由な作風で書かれています。
そのことからジュリアーニはロッシーニと親交が深かったことがわかります。

なんてことを調べました。
本当はA4ノート2ページにメモ書きしたことがあるのですが、手書きは疲れたし、レッスンから3時間経ってだべりが始まって終わりとなりました。
私が隅で勉強しているときに練習をしていた彼はアコギの人です。
彼はピックでなくフィンガーピッキングでも弾いてみたいと言い出しました。
先生の爪は損傷していたので、私が何か適当に弾くことに。
なんでもいいと言われたので練習してあった「風の丘」をちょろっと。

「おおー」

とアコギの彼にすごいと褒められました。
練習しておいて良かったと思いました。
それからは三人でそのままだべることに。

話は逸れましたが「覚悟」は受け取ってもらえたようです。

「これから同業者として扱うから」

と言われました。
すんごい嬉しかったです。

負けないと誓いました。

もちろん心の中でですよ。
今の私に足りないものは技術と探究心。
なので明日は上野の東京文化会館にある音楽資料室に行くことに。

なんていうか、先のことはわかりません。
前職にしても、入社して聞いていたことと違うってこともあります。
でも、何もかも合ってなきゃ駄目とは思っていません。
何があるかわからない。
でも、何があるかわからないから何もしないのではなく、もしかしたら思ってもいなかったような宝物に会えるかもしれないから前に進もうと思いました。

「生徒80人はきついから早く教えられるようになってよ」

って言われました。
その期待に応えたいです。
そんな感じで、いつもと変わらぬレッスンとなりました。



☆金曜ロードショー☆



「名探偵コナン」やってました。
家に帰って着いたのは22時。
15時からレッスンで勉強してだべってフレッシュネスバーガーをご馳走になって家に着いたのが22時です。

所々笑いながらコナン君を見てました。
あれですね、映画だと結構いい奴のジャイアン、映画だとか弱い蘭姉ちゃんという法則があるのでしょうね。
黒の組織のジンはもっと頭のキレる奴なんですけど…。
きっと脚本考えるのが大変なんだろうなぁと思いました。

原作は小学館が終わらせようとさせないみたいな話が時々ありますね。
「金色のガッシュベル」のように綺麗に終わって欲しいところですが……。
「金色のガッシュベル」の雷句誠先生は「どうぶつの国」という新連載を出してますね。
雷句先生の描く登場人物たちはいつも傷だらけになりながらも前に進んでいます。
私も見習って前に進みます。



☆another☆



番組名は定かではないんですが、有吉さんがゲスト出演した番組がありました。
その番組は置いといて、OPとEDにクラシックギター曲を使用されていました。
OPはわからなかったんですが、EDが「主よ人の望むの喜びよ」でした。
私も「主よ人の望みの喜びよ」はだーい好きなんです。
弾けるようにがんばります。



今日はこの辺で日記が終わります。
14日のオーバーワークにコメントをくださった通りすがりのギタリストさん、参考になってとってもよかったです。
読んでくださってありがとうございます。

2010-04-14

手首が痛い

ギターを弾いています。
今弾いているのは遊びでやっている「魔女の宅急便」の「風の丘」です。
ギター一本で弾けて明るくてポピュラーなので人気のある曲です。

この曲の練習をしている時に指に違和感を感じました。
左手の小指が動かないのです。
Cのコードを押さえつつ小指で2弦3フレットのD音を押さえるのですが、それが小指だけで動かないのです。
小指を動かそうとすると薬指も一緒の動きをしてしまうのです。

でも、各指の独立を促す基礎練習は毎日欠かさずにやっています。
それにプラスしてハンマリングとプリングの練習もやっています。
左手の手刀部分には筋肉がついてきています。
それなのに動かないというのは、オーバーワークのせいでしょうか。
過剰練習ということです。

練習の積み重ねで効果が出ますが、十分な休息を取らずに身体に負担をさせてもかえって身体を壊すことになるのです。
毎日毎日練習を重ねて、身体はそれに合わせて少しずつ成長していくのですが、急成長はできないのです。
ニートで時間があると思い、何時間も練習したからでしょうか。

最近の練習は各指の独立、それから筋トレ、ストレッチです。
曲の練習の時間は少なく、ストレッチに時間を割いています。
ですが、この基礎練習は教科書に載っているような安全なものではありません。
私が今取り入れているのは先生から教わった局所的なトレーニングです。
一日5分と言われた練習を何時間もやっていたらそれは指がいかれてしまいます。

今は時間がありますが、それだけ曲と触れ合う時間も長いです。
そうなるとかえって曲を弾いているのに弾けない部分、自分の苦手としている部分と向き合うことになり、オーバーワークをしてしまうのです。
若者のいけないところはすぐに結果を求めてしまうところです。
時には待つことも大事なのですが、若さゆえになんでもできると思って体の悲鳴を聞かずに走ってしまう。

今日はいつもの練習に加えてセーハの練習まで加えてしまいました。
私の楽器は通常より少し大きいので、ネックも一回り太いです。
でも、私と先生の指の長さは同じくらいなので、私にもできるだろうと思ってしまうのです。
先生はそれだけ長い時間ギターに触れてきたのだからそれができるのであって、私が少し練習時間を増やしたくらいでそれに追いつけるはずはないと言うのに。
時間があるのにもかかわらず、私は急いでいたようです。

明日からはまた練習を再開します。
今日は仕事の面接があったので帰ってから3時間くらいしかギターを弾いていません。

そして手首や指に負担をかけないように練習メニューも改善します。
いままでの練習は5分以内ずっとといったような時間制限をしていましたが、これからは回数制限にします。
回数制限は自分の身体にあった回数ということです。
時間制限をしてしまうと、毎回何回できているか数えていないので成果がよくわからないのです。
それを回数制限にすると、今日はスケール5往復できたけど4往復目くらいで手首に違和感があった。
そうなれば5往復で止まったままです。
数日経ってもし5往復しても手首が痛くならなければ、回数を6往復にすることができます。

あ、カヴァティーナとか弾いているとずっとセーハしっぱなしになるので手首が痛くなるのです。
でも、セーハに慣れるためにセーハしながらハ長調スケールとかやっていると少しだけ慣れてくるのです。
それを続けていけば平気なはずです。
おまけにこれは各指の間隔を広げるストレッチにもなっていますから一石二鳥です。
Surburstなんて指がかなり開かないと弾けませんから。
1フレットセーハしつつ4弦のF♯を小指で押さえられないときついんです。
多少無理はしつつ、でも限界は超えない、そんな練習をしていきたいと思います。

でないとどうなるか。
ドイツで出会った当時高校生の彼はオーバーワークのため、通常トレモロに使う右手人差し指・中指・薬指の中の人差し指を壊し、中指・薬指・小指でやっておりました。
普通はできません。
いや、小指が壊れたのかな?
彼は中・薬・小指でF・タルレガのアルハンブラの思い出を弾いていました。

これから気をつけます。

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