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2017-05-12

自分を知ってもらうより相手を知ることの喜び

久しぶりにライトノベルを読んだ。
森橋ビンゴ著の『東雲侑子』シリーズ全3巻だ。
この本は今年の元旦にセールで安くなっていて、なおかつ表紙の絵が好みだったから買ったものの、ずっと読まれることなくkindleの中で眠り続けていた。

スマートフォンを持たない私はタブレット端末で電子書籍を読んでいる。
だが会社の都合で勤務先が変わり、タブレットなど手に取ることすらできないほど通勤時間帯の電車のラッシュは凄まじい。
そこで新しく買ったのがipod touchだ。
これは電話機能のないiphone seのようなもので、頑なにスマートフォンを持たない私には夢のようなアイテムだ。
非常に軽く薄いので、ほとんど身動きが取れないラッシュ時でもわずかな隙間さえあれば胸ポケットから取り出すことができる。
これのおかげで通勤時間帯の電車でも小説を読むことができるようになった。

そして火曜日に『東雲侑子は短編小説をあいしている』、
水曜日に『東雲侑子は恋愛小説をあいしはじめる』、
木曜日に『東雲侑子は全ての小説をあいしつづける』と読み切った。
こんなに小説を読むことに没頭したのは10年以上なかったことで自分でも驚いている。
それほどまでに、この『東雲侑子』シリーズに引き込まれたということだろう。
思わず、1年振りくらいにブログを更新するほどに。

こういった恋愛小説を読むと、自然と自分の恋愛体験と結びつけてしまう。
私が付き合った人には、私の好む漫画やアニメを特に勧めていた。
でも彼女にはそれが辛かったようで、別れる間際に、
「もっとゲームとか漫画とか好きな人と出会えるといいですね」
と言われたくらいだ。

自分の触れたものに対する感動を他人にも共有してもらいたいと思うのは当然のことかもしれない。
ましてや、シェアなんて言う言葉が日常的に使われるようになったくらいだし、人と何かを共有したいと思うのは人の性なのだろう。
私はそれが普通の人よりも行き過ぎていたとは自覚している。

しかし、『東雲侑子』シリーズを読んでいると、自分のことを知ってもらうより、相手を知る、理解するといった姿勢が何より素晴らしく尊いものなのだと思った。
なぜ私はあの時、あれほどまでに自分の好みを人に押し付けていたのだろうかと後悔した。
なぜ彼女のことをもっと知りたいと思えなかったのか。

そんなわけで、恋愛小説を読んで多少凹みつつも、二週目に入ろうと思う。

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